花の心をいける

花をいける時は

 

「花と話をして、

その花の心をいける。

 

花の心をいけてやらなければ、

花は喜ばない。

喜ばないからすぐ萎れてしまう。」

 

以上は

私がお稽古している生花の

教本の中に書いてあります。

 

 

それって

「あなたが一番美しく見えるのは

どの向き?」

花に聞くこと?

 

自分が一番美しく見えるのって

自分でわかるの?

 

もし

花と話をするなら

 

「あなたが一番美しく見えるように

私が生けてあげます」

 

じゃないのかな?

 

だって

自分のことって

ほんとにわからない。

 

姿かたちも

言い癖も

しぐさも

才能も

 

自分が思ってる自分と

人が受け取る自分とは

おそらく真逆のときもあるくらい

違うのではないかと思います。

 

 

でも待てよ

 

「人は、花の性を無視して

技術的にこしらえすぎるから、

花は嫌うのである」

 

とも教本には書いてあります。

 

「花の性」って何?

 

「一本一本の植物の美しさ、

自然のありのままの姿を

受け止めていくことが大切。

 

花や葉の追具合や

枝の伸びようとする方向などを

指を当てながら見ていくと、

 

目線がそこに集中でき、

花の美しさや

ありのままの姿を

受け止めることができます。」

 

教本に書いてあります。

 

 

これって

まるで、

子どもと

社員と

関わるのと

同じかも。

 

そう言えば

ゆりの花を生けたとき、

「それって

横向いてない?

正面向いてないでしょう」

と指摘され

ハッとしました。

 

自分では

これでいいと思って生けたんですが、

先生から指摘され

花の向きを変えてみると

 

なるほど

先程より

格段にゆりがきれいに見えました。

 

花が生きてることを

実感した瞬間でした。

 

花が

「私をよく見て」

と言ってるような気がしました。

 

 

花は

精一杯

人の役にたちたいと

思っているのかもしれません。

 

どのツボがその花を

引き立ててくれるか

 

どの向きにしたら

一番きれいに見えるか

 

どれくらいの高さにしたらいいか

 

花の心を考えながら

生けてみます。